チェルノブイリのヨーロッパアカマツの樹木内部における放射性核種(¹³⁷Csおよび⁹⁰Sr)の分布パターンが明らかに ~幹内に生じる¹³⁷Csと⁹⁰Srの相反する空間分布~
教授 ヴァシル ヨシェンコ
発表概要
環境放射能研究所(IER)ではウクライナ農業放射線研究所(UIAR)と協力し、日本-ウクライナSATREPSプロジェクト(JSTとJICAの資金提供)の枠組みのもと、福島とチェルノブイリの森林生態系における放射性核種の分布とその長期的動態に関する共同研究を行っています。
今回、IERのヴァシル ヨシェンコ教授らが参加する研究チームは、ウクライナの主要樹種であるヨーロッパアカマツ(図1,2)の幹内部におけるチェルノブイリ原発事故由来のセシウム137とストロンチウム90の空間分布を明らかにしました。
これまでの研究では高さ1.3メートルの位置における幹内の放射状分布に焦点が当てられていたため、放射性核種が樹木内部全体でどのように移動するのか、およびその移行メカニズムについて包括的に把握できませんでした。さらに、ストロンチウム90の分布データは、非常に限られていました。
本研究では、これら2種類の放射性核種が樹木内部で正反対の空間分布を示すことが明らかになりました。
まずセシウム137は、新しいバイオマスの形成に不可欠なカリウムと同様の動きを示すことが分かりました。土壌中のセシウム137は根から吸収され最も新しい年輪(注1)へと移動します。また古い辺材(注2)に存在するセシウム137も新しい年輪へと移動します。樹木内部のセシウム137は放射状に内側から外側へと移動し、原発事故以前に形成された年輪は通過するのです。ただし心材(注3)に新しい年輪ができるときには一部のカリウムやセシウム137は辺材に戻り得ます。
一方、ストロンチウム90は樹木の各組織の老化プロセスに関係するカルシウムと同様の動きを示すことが分かりました。ストロンチウム90は樹木の老化組織に移動し蓄積されます。その濃度は幹の辺材から心材・随に向かって増加しながら分布し、垂直方向の断面では下部の心材に最も多く分布していたのです。
研究成果と今後の展望
本研究結果は科学的観点から関心を集めるだけでなく、実用的な価値も持ちます。放射性核種が幹内で不均一に分布している一方、木材使用に関するウクライナの基準を満たすかを判断する際には、幹全体の平均的な放射性核種濃度を測定するために1本の木につき1つのコアサンプルしかとることが出来ません。今回、幹における放射性核種の典型的な空間分布パターンが分かったことで、正確なサンプリング手法の開発にも役立つと考えられます。
用語解説
(注1) 年輪 木の幹の断面に生じる同心円状の輪。年ごとの幹の成長を示し、毎年一本ずつ新しい年輪が幹の辺縁部に形成される。ほとんどの樹種の幹の断面に見られる(図a)。
(注2) 辺材 幹の周辺部の生きた組織。水分と栄養素(およびセシウムやストロンチウム)を伝導する。
(注3) 心材 幹の中心部の死んだ組織。古い辺材が新しい心材へと移行し形成される。水分や栄養素(およびセシウムやストロンチウム)を伝導しないが、拡散やその他メカニズムによって放射性核種の一部を蓄積する(図b)。
図表
論文情報
論文は Journal of Environmental Radioactivity ウェブサイトに 2020年6月16日にオンライン公開されています。
雑誌名 | “Journal of Environmental Radioactivity” |
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論文タイトル | Distributions of 137Cs and 90Sr activity concentrations in trunk of Scots pine (Pinus sylvestris L.) in the Chernobyl zone. |
URL | https://doi.org/10.1016/j.jenvrad.2020.106319 |
著者 | Dmytrii Holiaka1, Vasyl Yoschenko2, Sviatoslav Levchuk1, Valery Kashparov1 *1Ukrainian Institute of Agricultural Radiology of the National University of Life and Environmental Sciences of Ukraine *2Institute of Environmental Radioactivity at Fukushima University |