研究内容 Study
環境放射能分野の研究には複合的な専門性が求められるため、研究組織としての5部門15分野を横断・融合し、6つのプロジェクト研究を実施しています。
各プロジェクトの研究内容をご紹介します。
プロジェクト 01:河川・湖沼陸域から水圏へと移行する放射性物質の把握と移行メカニズムの解明
福島第一原子力発電所事故にともなって放出された放射性物質は陸上に沈着したのち、風雨のはたらきによって再移動します。放射線によるリスクを低減するために、この再移動のプロセスを把握し、また将来どこに存在するのかを予測する必要があります。
例えば、セシウム137は降雨にともなって土砂とともに移動し、河川を通じて海洋まで流出したり、湖沼などの閉鎖性水域に蓄積したりします。また、水の中での化学的な作用によって、ゆっくりと水の中に溶出することが知られています。こうした科学的知見は過去の放射性物質に対する研究によって明らかにされてきました。
しかし、福島は、雨が多かったり、地形が急峻であったりと放射性物質の再移動を支配する条件がこれまで調べられてきた地域とは異なっています。こうした違いを踏まえて、過去の知見を活かしながら、福島の陸域における放射性物質の現状を明らかとし、将来の予測へつなげていくために研究を行っています。
実施している主な研究
- 河川、ため池、湖、ダム貯水池における放射性核種の挙動の長期的な動態
- 水中の放射性核種濃度の季節変動と支配メカニズム
- 河川流域における放射性核種の再移動
- 水―土壌環境における放射性核種の挙動の素過程モデリング
- 起源の異なる放射性核種の環境中での挙動、その類似点と相違点
プロジェクト 02:海洋福島沖沿岸生態系における放射性核種の挙動解明
大気中に放出された人工放射性核種は、大気中を運ばれた後、主に雨によって地表面および海洋表面に降下します(湿性沈着)。また一部は重力や表面との相互作用などにより地表面および海洋表面に降下します(乾性沈着)。あるいは直接海洋に放出される場合もあります。
海洋表面に降下、または海洋へ直接漏洩した人工放射性核種は、その後海流にのって移動し、拡散し、粒子状物質として沈降などによって海洋内部へ配分され、一部は海洋生態系に取り込まれていきます。
海洋は人工放射性核種の巨大なシンクであり、そこでの動き方を知ることは、環境における影響評価あるいは食物連鎖を経ての人間社会への影響を知る上で極めて重要です。
実施している主な研究
- 河口ー沿岸ー外洋に至るフィールド調査、モデル解析、溶液化学的手法を用いた室内実験
- 海水から海底堆積物や海産生物への移行パラメータ収集
- 天然放射性物質や安定核種による人工放射性物質の海洋での長期的動態の予察
プロジェクト 03:生態系生態系を移行する放射性物質の把握と生物移行メカニズムの解明
生態系グループでは、放射生態学に関わる調査を行っています。
【放射生態学】とは、環境中の放射性物質の挙動や放射性物質による生物や環境への影響について明らかにする学問で、原子核物理学、化学、生物学、毒物学、生理学、生態学、モデリング、リスク分析など、複数の学問領域にわたる総合科学です。
東京電力福島第一原子力発電所の事故で、放射性セシウムをはじめとする大量の放射性物質が放出されました。そこで、環境汚染源となる放射性物質が、大気、土壌、湖沼、河川、農地、森林、動植物のどこに存在し、将来的にどのように変化するのか調査を行っています。さらに、動植物が環境中で受ける放射線量、健康への影響やリスクについて調査を行っています。
実施している主な研究
- 溶存態(水に溶けている成分)と懸濁態(濁った成分)の放射性セシウム濃度
- 魚類の放射性セシウム濃度の推移と取り込みのメカニズム
- 森林生態系における放射性セシウムの動態、野生動植物の被ばく線量と放射線による影響の評価
- 森林土壌中の微生物組成に与える放射性セシウム汚染の影響
プロジェクト 04:計測・分析新しい計測法及び分析計測機器の開発
計測・分析グループでは、放射線や放射性核種の計測や分析のための装置開発(森林・河川(湖沼)などの環境動態の調査研究に即応した新規計測・分析装置の開発)と既存の分析装置を利用して、迅速に放射性核種の定量評価するための分析手法や放射性核種の環境動態をミクロな視点から解析するための分析手法の開発を行っています。
実施している主な研究
- 猪苗代のように水深の深い湖沼でも、堆積物の層構造を壊すことなく湖底の土壌などを採取できる水中ロボットの開発
- 「可搬型のγ線スペクトロメータ」とGPSの組み合わせによる、森林や農耕地での放射性核種の分布を迅速かつ高精度で計測できるハンディータイプのマッピングシステムの開発
- 放射性ストロンチウム(90Sr)の自動多段階の分離・濃縮手法とICP質量分析装置による高精度の分離・検出技術の融合による、90Srの迅速検出システムの開発
- 電子顕微鏡で観察しながら、鉱物中や細胞中での放射性物質のミクロな分布をイメージングするための分析手法の開発
プロジェクト 05:存在形態環境試料における放射性核種の物理化学的存在形態の解明
環境における放射性核種を測定し、濃度や存在量を明らかにすることは、放射性核種の挙動や影響を予測する上でとても重要です。しかし、同じ放射性核種であっても“どういう状態で存在(存在形態)しているか”によって、放射性核種の動きやその影響が異なります。
そこで、環境放射能研究所では“存在形態”を広義の意味で捉え、環境中での動きが異なると考えられる放射性核種の化学形態の違い、結合している状態や物質等によって区別される存在形態別の濃度を明らかにし、環境における挙動を解明する研究や分離技術に関する研究を行っています。
実施している主な研究
- 様々な化学溶液を用いて、土壌から放射性セシウムを分離して存在形態を明らかにする研究
- 土壌と強く結合する放射性セシウムの存在量やその吸着量(脆弱性)を調べる研究
- 農業用水中での濁っている成分(懸濁態)と溶けている成分(溶存態)での存在形態の研究
プロジェクト 06:モデリング大気・森林・河川・湖沼における放射性物質の移行モデルの開発
2011年3月の東京電力福島第一原子力発電所事故で環境中に放出された放射性物質はどのように広がっていったのか。そして放射性物質は福島で今後どのような運命をたどるのか。集中豪雨や強風など極端な気象条件では何が起こるのか。これらの疑問に答えるためには、放射性物質の輸送現象を予測する手法が必要です。
それには環境モニタリングに加えて、数値計算モデルが重要な役割を担っています。実際の環境中での観測を得意とする研究所内のグループとの緊密な連携によって、福島で得られた新たな知見を迅速にモデルに反映させ、これまでよりも信頼性を高めた新しく開発したモデルを用いて、現在の放射性物質の状況の理解と将来に向けての予測を目標に研究しています。
実施している主な研究
- 大気における放射性物質の輸送現象のモデル化
- 森林における放射性物質の輸送現象のモデル化
- 河川湖沼における放射性物質の輸送現象のモデル化